谷中・根津・千駄木
日本と聞いてイメージするものは何でしょうか。富士山、京都、ハイテク、銀座、六本木、秋葉原、新幹線、日光、温泉、寿司・・・。名所旧跡を周る旅も面白いですが、日本の「普通の生活」にも興味はないですか。日本の普通の生活に出会える町をご紹介します。
エリア概要
JR鶯谷、日暮里、西日暮里、地下鉄千代田線 千駄木、根津駅で囲まれている一帯。3つの地名の頭文字をとって、「やねせん」と呼ばれます。明治から昭和にかけては、高村光太郎や、夏目漱石など数々の文豪が居を構えました。森鴎外の住居跡には現在本郷図書館鴎外記念室があります。森鴎外は60歳で亡くなるまでここに30年間住み、多くの小説はここで執筆されました。
1923年の関東大震災、1945年の東京大空襲の被害を奇跡的にも免れ、昔ながらの家並み、長屋や路地が残ります。長屋という言葉で一般にイメージされるのは、下町の狭い路地に面して建てられた木造の住宅。長屋は集合住宅の一形態で、伝統的な都市の住居でした。一棟の建物が水平方向に連続する数個の部分に区画され、それぞれが独立した住宅になっています。江戸時代、中層以上の商家などは表通りに独立した店を構えていたが、それ以外の町人、職人などはほとんどが裏町の長屋に借家住まいでした。明治時代以降でも、都市住居としては、長屋が一般的でした。お隣が留守であれば、洗濯物や空き巣などにも気にかけたりと、密接な近所付き合いが特徴。開発著しい東京にあり、「やねせん」はそんな昔懐かしい風景が残る異次元空間です。
見どころ
寺の町
谷中には70以上の寺が点在。墓地も多い。17世紀、江戸時代、将軍の墓所として上野の山に寛永寺が建てられ、その後寺が多く集まりました。寺といえば風雅な趣のある京都の寺と違い、このあたりの寺は庶民的な雰囲気。気軽なデートコース、犬の散歩道、花見などなどに使われていて、お参りという用件だけではなく人が行き交います。
寛永寺
1625年に天海僧正によって創建された。創建当時は江戸城の鎮護を目的にした祈願所だったが、後に徳川将軍家の菩提寺になった。徳川歴代将軍15人のうち6人が寛永寺に眠る。幕府の保護のもと盛時には30余りの堂塔、36の子院が立ち並んだが上野戦争(彰義隊ら旧幕府軍と明治政府軍との間の戦い、1868)でその多くを焼失。
谷中霊園
元々、谷中天王寺の境内の一部。1874年、都の公共墓地として発足。敷地面積は10万㎡。15代将軍徳川慶喜、画家の横山大観、銀行家渋沢栄一など著名人の墓も多い。木々に囲まれた気持ちのいい空間。春はお花見の名所です。
下町風俗資料館付設展示場
明治時代の酒店を復元。当時の店と帳場の様子などが再現されています。昔のポスターが壁に貼られています。
谷中銀座
「夕焼けだんだん」階段の下から始まります。長さ150m、幅5-6mのショッピング通り。NHK朝のTVドラマの舞台。夕焼けだんだんからは夕焼けが美しい。かわいい和物雑貨を売っている店がたくさん。揚げたてのコロッケやメンチカツを買って歩きながら食べるのも楽しい。
根津神社
総漆塗りの華麗な造りは江戸の神社建築としては最大の規模を誇ります。社殿、唐門、楼門、透塀等は、国の重要文化財。1706年に5代将軍綱吉が建立。町の中にいることを忘れそうな、木々に囲まれたほっとする空間で、4-5月はつつじが美しいく、つつじ祭りが行われる。
朝倉彫塑館
日本を代表する近代彫刻家、朝倉文夫(1883~1964)の自宅兼アトリエ。和洋の調和が見られる見事な建物です。朝倉文夫の作品約500点と遺品を陳列。
谷中七福神めぐり
谷中七福神めぐりは19世紀初頃から始まった、東京で最古の七福神めぐり。
手作りの店・伝統工芸の店
菊見煎餅
1875年創業。創業当時から四角い煎餅を作っています。
芋甚
1912年創業。根津の甘味処。昔ながらの作り方でできるアイスの味が懐かしい。
根津のたいやき
鯛焼きは魚の形をし、餡をはさんで焼いたお菓子。皮はパリパリ。
いせ辰
創業1864年。江戸千代紙のお店。取り扱う千代紙の種類は1500種類以上。江戸時代からの製法を守り続けている。紙小物、ふろしきなども。
むさし屋
1923年創業の豆腐店。
後藤の飴
1922年創業。自家製飴と手作り菓子の店。
花篭の翠屋
100年3代に渡る、江戸の伝統を受け継ぐ竹細工の品が並びます。
赤塚べっこう店
べっ甲は、赤道付近に生息する海亀の甲羅を使った細工物。工房で製作工程を見ることができる。材料はワシントン条約によって輸入できなくなり、残念ながら製品も海外に持ち出せません。
 澤の屋旅館
現在までに世界各国から11万人以上の外国人が宿泊、宿泊客の9割以上が外国人という旅館。日本の生活を体験してみたい外国人旅行者に評判です。3割以上がリピーターで、何度も訪れているそうだ。ご主人に、谷中の魅力を伺ってみました。
澤の屋は全部で12部屋、家族経営のこぢんまりとした旅館です。夕食は出していませんので、お客さまは近所の居酒屋さんや食堂に食べに行っています。リピーターのお客さまの中には、行きつけの居酒屋があって、常連の人たちと会うのが楽しみ、という方もいます。買物も町の中でしています。「この辺りの町が楽しい」と言われる人が多いことに気づきました。
昔ながらの豆腐、せんべい、アイスクリーム、飴などの手作りの店、筆、千代紙、竹篭などの伝統工芸の店、居酒屋、そば屋、銭湯などが残っています。来る人は拒みませんが、無理強いはしない、そんな下町気質も残っています。「豆腐ができるまで見ていたら豆腐をくれた」「露地で盆栽の手入れをしていたおじいちゃんと盆栽の話をしてきた」「居酒屋で友達になった」「コロッケ屋でコロッケを1つ買って食べたら美味しかった」「根津神社でラジオ体操を見ていたら靴が壊れて、近所の人が家まで連れて行って直してくれた」等々、外国人のお客さまが嬉しそうに話をしてくれます。長期滞在の方は、町の床屋さんで髪を切っています。私たちもお祭りのお神輿かつぎ、盆踊り、花見、餅つき大会など、地域の行事の情報をお伝えして、行きたい方はどうぞとお薦めしています。特別なものがあるわけではない町ですが、素顔の日本人に出会えるのがこの町の魅力ではないでしょうか。
 SCAI THE BATHHOUSE
銭湯を改装して作られた現代美術のギャラリー。柏湯は200年の歴史を持ち、川端康成や池波正太郎らが常連でしたが、1991年に廃業。1993年にギャラリーとして生まれ変わりました。銭湯の高い天井を生かし、外観、屋根瓦、煙突に銭湯の面影を残します。
「何時まで入浴できるんですか?と銭湯と間違えてくる方もいるんです。入口に下駄箱が残っているので、ここで靴を脱ぐんですか、という質問もよくあります」、とスタッフの金井さん。
「外国人もよく来ます。下町の散歩の途中で来る人もいますが、好きな作家の展示会を見るためにわざわざ外国から来る人もいます。古い銭湯の外観と、中の現代美術のコントラストに、皆さん結構びっくりされますね」。
展示は2ヶ月ほどで入れ替わり、そのつど展示方法が変わるとか。仕切りの壁をとってしまったり、壁をキャンバス代わりに絵を描いたり、床に穴をあけたり、室内に噴水を作ったり。何度訪れても楽しめるに違いない。
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