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att. 旅行 - お茶ノ水 / 神保町
att.JAPAN Issue 30, 2006年9月10日号

お茶ノ水 / 神保町

Map御茶ノ水今も昔も変わらない学生街。レトロな喫茶に古書店街や楽器街。湯島聖堂とニコライ堂。いろいろな散策が楽しめる街。

 駿河台
JR御茶ノ水駅のホームは、神田川の流れに沿った谷間にある。江戸時代の人は、鬱蒼と樹木の茂る崖地の風雅を楽しんだという。ホームから見上げて、対岸の東京医科歯科大学の建つ側が本郷台地、反対側が駿河台。この谷を境にして2つの台地が隔てられた形になっているが、もともとは地続きで、かつてこの辺りは神田山と呼ばれていた。徳川氏は、治水や江戸城北部の防備、河川交通路の確保といった目的で本郷台地を掘削した。それが今の神田川。
そもそも駿河台という地名は、家康亡き後、駿府(駿河の国)詰めの旗本が大勢この地に移り住んだことによる。以来、明治維新まで、駿河台は番町や麹町と並ぶ旗本の屋敷地であった。
それが明治維新後、わずかのあいだに学生の街に変わっていった。それは地価が安かったから。急速に荒廃した武家屋敷地に、学校や病院が次々と設立されたのである。19世紀後半になって明治大学、日本大学、中央大学の前身である法律学校が次々と設立された。

ギターショップ 御茶ノ水駅御茶ノ水橋口
現在の順天堂病院のあたりにあった寺の境内に、名水がわき、これを将軍に献上した。お茶の水という地名はこれに由来するという。駅前派出所の脇に記念碑が残っている。
JR御茶ノ水駅から駿河台下交差点にいたるあたりは、日本大学や明治大学、東京医科歯科大学、アテネフランセや駿台予備校といった予備校・専門学校もあり、いつも若者たちでにぎわっている。音楽フリーク御用達のギターショップや中古楽器店も集中。エレキギターやキーボード、トラムからタンバリン、オカリナといった民族楽器まで揃っている。中古のレコードや楽譜探しも楽しい。

カエデ通り、とちの木通りに向かう。その名の通り並木の美しい散策路。ここから猿楽町へ下る階段が女坂と男坂。男坂から東へ100mほど進み駿台予備校の角を右折して明治大学の裏手へ下りる坂が錦華坂。坂下の錦華小学校(現・お茶の水小学校)は、夏目漱石が学んだことで知られている。

神田古書店街 神田古書店街
駿河台下から神保町にかけてが書店街。新刊書を扱う書店はもとより、古書が集まる世界一の古本屋街でもある。140もの書店が、500mにわたり軒をつらねる。驚くほど安い文庫本から希少本まであらゆる本が揃い、本好きにはたまらない散策ルートだ。年に1度、10月末に開催される古本まつりは多くの好書家でにぎわう。書店は日差しを嫌い、通りの北側に並んでいる。ここは江戸時代、武家屋敷の並ぶ町であった。その後、明治に入ってから次々と学校が建てられた。学者や学生が多く集まれば書物の需要も高まる。そのため次々と書店が誕生し、それに伴い出版社や印刷会社なども集まった。

このあたりにはレトロな喫茶が集まる路地がある。本さがしに疲れたら、一休みしては。古きよき神保町をしのばせる店内で戦利品を開けば至福のひととき。地下鉄神保町駅近くの岩波ホールは、1968年に開業した、ミニシアターの老舗。大劇場にはかからないような、第三世界の作品や社会派の作品を上映。

駿河台下から小川町へ向かう靖国通り沿いは、一大スポーツ店街。スキー、スノボ、アウトドアグッズのメッカとして一年中にぎわっている。

 ニコライ堂から湯島聖堂
靖国通りから再び御茶ノ水駅方向へ向かう。池田坂を上りきって右手に曲がると、ニコライ堂が目に入る。堂内はステンドグラスを通して光の筋が差し込み、ろうそくがイコンを照らす。ニコライ堂は、正式名は日本ハリトリス正教会東京復活大聖堂。1891年、鹿鳴館を設計した建築家ジョサイア・コンドルの設計で完成。現在の建物は関東大震災後に修復された。ビザンチン様式の聖堂は、高さ35mのドームと尖塔の鐘楼を備え、その荘厳な鐘の音は1日3回、駿河台に響く。

聖橋は、JR御茶ノ水駅の東側にある、神田川にかかるアーチ型のコンクリート橋。関東大震災からの復興期である1927年に建造された。その簡素で優美な姿は、建造当時、斬新なデザインとして話題を呼んだ。湯島聖堂とニコライ堂を結ぶ橋ということから「聖橋」と名づけられた。

神田神社聖橋をわたると、右手に湯島聖堂。湯島聖堂は、1630年、林羅山が建てた私塾が始まり。1690年、5代将軍綱吉によって孔子廟が湯島に移され、その周りの建物と会わせて聖堂を総称した。その後、幕府直轄の昌平坂学問所として拡張、強化され、諸藩の秀才が集まるようになった。江戸幕府を支えた思想的基盤である「儒教」の総本山的存在。江戸時代唯一の国立大学であり、現在の東京大学へと続いていった。当時の建物は関東大震災で焼失。現在の聖堂は1935年の再建。鬱蒼とした木立の中に大きな孔子像が立っている。建築のスケールといい様式といいまったく日本ではない。中国だ。

湯島聖堂の裏、本郷通りを渡ると神田明神の名で親しまれている神田神社がある。湯島聖堂の黒とは対照的に朱色の世界。神田祭は、「江戸の三大祭り」「日本三大祭り」のひとつに数えられている。

 地図
pdf御茶ノ水地図 (英語) PDF 108 KB
pdf東京鉄道地図 (英語) PDF 812 KB
東京地下鉄地図 (英語) PDF 787 KB

 リンク
東京都
東京観光財団


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