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att. 旅行 - 青山
att.JAPAN Issue 15, 2004年3月10日号
青山
桜、青山霊園にて
季節が春めいてくると、多くの日本人は、花見を心待ちにして、落ち着かなくなってくる。花見という場合の花は、桜を指す。桜の名所は数多くあるが、ここ青山霊園も名所のひとつだ。
東京の中心部のやや西側に位置する青山霊園は、公園墓地の草分けのひとつで、23区内にある霊園としては最大の規模を誇る。26万㎡の広大な敷地には桜をはじめ、かずかずの木が植えられている。政治家、学者、作家など著名な人々の墓も多い。大久保利通、尾崎紅葉、国木田独歩、後藤新平、乃木希典、北里柴三郎、犬飼毅、斉藤茂吉、吉田茂、志賀直哉などなど。
春ともなれば、青山霊園の、美しい桜のトンネルの下は人であふれる。宴を開くには、場所が少ないので適さない。仲間と大勢で、飲んで食べてワイワイ楽しく、という花見もいいが、桜の花びらが舞う風情を愛でながら心おだやかな時間を過ごす、‘花見’もまた楽しい。桜の花びらを揺らせて舞い降りてくる春風を、思いっきり吸い込もう。ふと目をやれば、六本木ヒルズの威容が目の前にそびえ、ここが都心の真ん中であることを思い出させてくれる。
桜ほど、日本人の心を狂おしくさせる花もない。北風がゆるみ、日差しが暖かくなってくると、なぜこれほど、心がざわつくほど浮き立ってくるのだろうか。日本では、春は、学生は新学期が始まり、多くの企業では新しい年度が始まる、スタートの時期である。同時に、今までの友達や環境との別れの時期でもある。桜の記憶が、卒業式や入学式と結びつく日本人も多い。
桜の花自体、なぜこんなにも美しく、可憐でありながら、華やいだ風情なのだろうか。梶井基次郎の小説、「桜の樹の下には」の一説を引用しよう。
桜の樹の下には屍体(したい)が埋まっている!
これは信じていいことなんだよ。何故(なぜ)って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だった。しかしいま、やっとわかるときが来た。桜の樹の下には屍体が埋まっている。これは信じていいことだ。
青山の歴史
お洒落な大人の街として紹介される青山。ブランドショップも多く、オープンテラスのカフェがあったり、かっこいいモデルが歩いていたり、というシーンは日常茶飯事。しかし、新しいものだけではない。史跡も多く、歴史的にも興味深いものに出会える街でもある。
青山の由来は、徳川家康の時代にさかのぼる。
ある日、家康の重臣、青山忠成が家康の鷹狩りに随行したところ、家康は赤坂の上から西の方を見渡し、忠成に向かって「馬に乗って一回りしろ。その範囲の土地を屋敷地として与えよう」といった。そこで忠成は馬が野たれ死ぬまで駆け巡り、広大な土地を貰った、という話に由来する。
1904年に、三宅坂から青山4丁目(外苑前のあたり)まで路面電車(市電)が開通、以後路線は拡大。1968年までの約70年もの間、路面電車は人々の足として活躍していた。
日本で最古の地下鉄路線である「銀座線」は、1938年、表参道~渋谷間が開通、1939年には全線開通した。
1945年、太平洋戦争終戦。赤坂・青山の被害率は98.3%で、全国で最大であった。大空襲で、建物はほとんど焼かれ、赤坂青山一帯は焼け野原となってしまった。1964年の東京オリンピックの開催は、復興をめざす青山の、ターニングポイントとなった。東京オリンピックを契機に、青山通りはそれまでの22mから現在の40m道路へ拡張整備され、交通量は年を追うごとに激増していった。
根津美術館
さて、青山霊園からぶらぶらと10分も歩けば、根津美術館に到着する。根津美術館は、東武鉄道の創始者である根津嘉一郎が収集した国宝、重要文化財を含む東洋古美術を展示している。特に茶の湯道具と仏教美術は充実している。敷地は根津氏の旧廷で、広大な日本式庭園があり、茶室が点在する。文化の香りにふれながら、ゆったりとした時間を過ごせるだろう。
楡家通り
根津美術館から、「カフェヨックモック」「コムデギャルソン」を経て表参道交差点へ向かう、緑に包まれた閑静な並木道は、「楡家通り」別名「シンデレラストリート」と呼ばれる。話題のスポット、ファッショナブルな高級ブティックなどが立ち並び、流行好きな人にとっては目が離せない通りだ。
そんなショップの中でひときわ目をひく建物が「プラダ」。蜂の巣をイメージさせる前面ガラス張りの近未来建築。スイスの建築事務所、ヘルツォーク&ド・ムーロンが設計し、地上7階、地下2階の威容を誇る。店の前の広場「プラザ」には緑の植物が敷き詰められ、ベンチが置かれ、訪れた人々がリラックスできる空間となっている。買物をしなくても、楽しいひとときが過ごせる。
善光寺
表参道の交差点から脇道に入ると、善光寺。善光寺は信州善光寺の別院で、浄土宗の尼寺だ。もともとは1601年に徳川家により谷中に設けられたが、火事で消失したため、現在の青山に移された。青山の往時の善光寺の風景は、1834年頃発刊された江戸のガイドブック、江戸名所図絵にも記されている。すっかりビルに囲まれてしまっているが、都会の真ん中でありながら、今でも静寂な空間が広がる。
骨董通り
国道246号「青山通り」の紀伊国屋の前から、小原流会館の前を通って六本木通りに抜ける道が六本木通り。通りの両側には書画や茶道具、陶磁器からガラス製品などの骨董品を扱う店が並んでいる。近年は、一流ブランドショップも立ち並ぶ。脇道には個性的な店舗も多い。
この通りに骨董品店ができはじめたのは1950年代半ば。近くに根津美術館があったことも理由のひとつのようで、次第に同業者が集まって現在の通りになったという。購入するもよし、ショーウィンドをのぞきながらぶらりと歩くのも楽しい。
地図
青山
PDF 275 KB
日本鉄道地図 (英語)
PDF 812 KB
東京地下鉄地図 (英語)
PDF 787 KB
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