職人 ~伝えたい日本の魂~
日本は伝統技術の宝庫であると同時に、最先端のハイテク技術の宝庫でもある。そしていま、この二つの技術はしだいにひとつになろうとしている。そうした方向を目指しての動きが活発にみられるのも、日本技術の大きな特徴である。
日本の職人たちの技芸と表情を、生き方を、その哲学を学び取ることで、真の日本が見えてくるだろう。
    
日本の伝統的な職人技術。
それは、自然との生命的な“交感”による物づくりの技術――。
日本では、ある鍛冶師は「鉄は生き物です」と言い、ある陶工は「土は生き物です」と言い、ある塗り師は「漆は生き物です」と言う。
それに対して、近代的な技術では、自分を自然から切り離して“主”とし、主体側の都合のいいように、“客”としての自然から、有益なものを切り出していく傾向を強く持った技術と言ってもいいかもしれない。
伝統的な職人技術では、自分と自然は、近代的な“主”と“客”の関係ではなく、どこか相互に交流したり、重なり合ったりする、“親和な対等関係”のようなところがある。
森から木材を伐り出す伝統技術を身につけた木こりたちは、木肌に手を当てただけで、その木の成長の様子や病気の有無などを判断する。そして、それらの並びを眺めるだけで、どの木を切ったらよいのか、その木を切ったらいけないのかを判断した。その判断次第で、その地区一帯が、のちに、再び見事な森として再生するかどうかが決まるのだ。
自然の声を聞く能力
伝統技術のエキスパートたちは、確実に“自然生命の声を聞く能力”があったであろう。
現代日本人にそのような能力はないが、日本語の表現には「木々がささやいている」とか、「風が呼んでいる」とか、自然をあたかも人間と同じようにみなした表現がことのほか多い。
こうした表現を擬人法と言っているが、職人たちは、自然を擬人化しているのではなく、“同じ”と感じているのだ。
伝統的な職人技術には、そのように自然と解け合って生きていた、古代の人間精神のあり方が保存されているのかもしない。
これからの技術のあり方
近代的な工業技術の進展は、物質的な豊かさを大きく広げてくれたが、同時に環境汚染などの郊外をまき散らし、人間を含めた自然生命の存続を危機状態にまで陥れている。
それは、もしかしたから、“自然の声を聞く能力”を非科学的として排除し、人間側の判断だけで、自然を工業的な加工の対象としてきた結果ではなかったのか。
これからの技術のあり方、未来の技術のあり方を考えるとき、日本の伝統的な職人技術が保存し続けた「自然生命の声を聞く能力」は、徹底的に再検討すべき、きわめて重要な課題になってくるではないか。
※att.JAPANでは不定期で、日本を代表する伝統技術職人を紹介して行きます。
参考文献:『SHOKUNIN― TUTAETAI NIHON NO“TAMASII”』(S・B・B編、三交社)
※伝統技術の宝庫であると同時に、ハイテク技術の宝庫である日本。
その日本を代表する匠たちがどのようにして、世界に誇れる伝統技術を保持し、展開しているのか、職人たちへのインタビューを通して綴られている、貴重な一冊である。
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